即書評

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】の感想

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか 生と死と哲学を巡って】は2015/12/1発売の高村友也さんの著書です。

著者の高村友也さんは東大卒みたいです。(詳しく書くと、東京大学哲学科を卒業し、慶應義塾大学院低学科博士課程単位取得退学、という経歴です)

京大卒のニートといい高学歴なのにエリートコースは進んでいないみたいですね。

こういう人々を見ると、
「いろんな人がいていろんな生活をしているのだなー」
と深く感じます。

高学歴でもエリートにならなくてもいいんです!!
ヤンキーだって道端の猫を助けていいんです!!

と、わけのわからない方向に行ってしまいそうなので話を本書に戻します。

私がなぜ、この書籍を手に取ったかというと、
「独立したら本読んでブログを書く。という生活になるので、暇を持て余すと思う。。その暇を埋める行為として小屋暮らしを一生に一度はやってみたい気もしている」
みたいな感じで手に取りました。

僕はなぜ小屋で暮らすようになったかの感想・ポイント


小屋暮らしのメリット・デメリットみたいなライトな書籍だと思って手に取ったんですが、基本的には著者の自伝です。

小屋暮らしに直接触れているのは全体の2割程度と感じました。
個人的には逆の比率(小屋暮らし8割、自伝2割)にして欲しかったですね。

あと、小屋だけでなく、テント暮らしもしているみたいです。

現在は小屋と河川敷とを往復しながら、好きなときに好きなほうで暮らしている。夏は河川敷のテントで、冬は小屋に戻って薪ストーブで暖まると言った具合である。留守にしていても家賃がかかるわけではないから、国内外へ無期限の旅に出ることもしばしばである。

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】より

2015年と少し古い書籍なので今は、少し生活が変わっているようです。
ブログをチェックしてみると、2018年現在ではアパートを借りられているみたいですね。

心ここにあらずの日々|寝太郎ブログ

共感したこととか勉強になったこととか

公売という仕組みを知った

そんな土地が転がり込んできたのは、公売という制度を通してだった。要は、どこかの誰かの税金の滞納によって税務署に差し押さえられた土地を競り落としたというわけである。最低落札額が九万円だったので、適当に一を六つ並べて十一万一,一一一円で入札したら、あい落札となった。

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】より

公売という仕組みをはじめて知りました。
ググったら公売を扱うサイトはたくさん出てきます。

私は寒いのが嫌いなので独立したら本州が寒い時期は沖縄で暮らそうかなーとか思っています。
あと、完全なイメージですが、
「沖縄って魚を釣って食ってたら食費全然かからないんじゃないの?」
とも思っています。(沖縄って海の魚はもちろん、ヘルシーな淡水魚のティラピアもめっちゃ簡単に釣れるみたいですし。。)

公売のサイトをチェックして見ると、100万円くらいで建物付きで土地が売られています。

税金とか法律とか詳しくないのでこれが、格安物件なのか、普通にアパート借りた方がコスパが良いのかわかりませんが。。(結局めんどくさいという理由でアパート借りると思うけど・・・)

そういうのも実際にやってみたらブログのネタにもなるし、そこから収益を発生させられるすごい時代です。

ないものは壊れない

この土地には基本的に何もない。何も作らないから何も壊れない。作るから壊れるのだ。

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】より

この気持ちはよくわかります。

私は若い頃は車が好きで、いわゆる高級車に乗っていたんですが、少しでも傷がつく、傷がつきそうになると気になるんですね。。
あと、高級車はいろんな機能が付いているので、その分壊れる箇所も多いんです。。

年を重ねるごとに車熱も冷めて、安い車に乗り換えたんですが、どうなろうと何も気にならない。笑
「うわ、めっちゃ楽やー」
って思いましたね。

機能が少ないと壊れる箇所も少ないですし、最初からあまり価値のないものは壊れてもそれほど辛くないわけです。

究極は車を所有するのもやめたいんですが、今は車通勤をしているので難しいです。
車を手放すのは独立してからですかね。

突然くる死への恐怖

実家の二階の少し広い和室に布団を敷いて、いつものように一人で寝るところだった。橙色をした豆電球の明かりをぼんやりと眺めるともなしに眺めていて、いやもしかしたら目を瞑っていたような気もするが、突如、「僕はいつか死ぬんだ」と思った。次の瞬間、「そして永遠に戻って来ないんだ」と思った。

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】より

この感覚は私も経験があります。

幼少期の私はノストラダムスの予言通り1999年に地球が滅びると思っていましたから、
「あ、僕ってまだ子供だけど、あと数年で死ぬんや」
と突如不安になったことを思い出しました。

それが訪れたのは、私も寝る時でした。(寝る前というのはそういう感覚になりやすいんだろうか。。)

「死んだらどうなるんやろう?」
と泣きながら毎晩寝ていたことを思い出します。(ある日、生きているうちに考えても無駄、死んでから考えよう。と、思うようになってからはこの不安は消えました)

認識したからと言って不快になる必要はない

ダンボールハウスの中にゴキブリが出たり、どぶ川が臭ってきたりしたが、嫌だとか不快だとか、ほとんど何も思わなかった。確かに「臭い」と認識してはいるのだが、「自分は臭さを感じているなぁ」と思っているもう一人の自分がいて、その「もう一人の自分」は何も感じないのだ。だから、臭かったとも言えるし、臭くなかったとも言える。

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】より

これもわかります、
私は昼ごはんを食べないのですが
「お腹減らないの?」
とよく聞かれます。

もちろんお腹は減っているので
「減るよ」
と答えます。

そうすると、
「なんで?!お腹が減ってるのに、ご飯食べないの?」
と100%なりますが、

”お腹が減る”と感じても”何かが食べたい”となる必要はないんですよね。
「臭い」と認識するが、「自分は臭さを感じているなぁ」と感じるだけというのと同じように、「腹減ってる」と認識しているが、「自分は腹が減ってるなぁ」とだけ感じればいいんです。

私はこの空腹感は、原始人だった頃の名残と考えています。

我々が狩をしていた時代に、本当にエネルギーが無くなってからお腹が減ったと感じるようでは、食べ物にありつけずに餓死していたでしょう。
食べ物に困ることがない現代の日本でその感覚にしたがっていたら、カロリーの取りすぎになってしまいます。

感覚と思考を切り離せるようになると生活が楽になります。

思い込み

旅はもちろん、貧乏旅行である。安いドミトリーに泊まって、ローカルの食堂で現地人と並んで飯を食う。観光は一切しない。国にもよるが、宿代と食費と雑費を合わせて一日千円以内を目安としている。それ以上の贅沢はしないし、野宿旅のような無茶もしない。

【僕はなぜ小屋で暮らすようになったか】より

こういう小屋暮らしとかする人って勝手に、野宿すると思っていたけど。
「野宿旅のような無茶もしない」
みたいなこだわりがあるのは面白いし、発見です。

思い込みって怖いですよね。
東大卒=エリートみたいな。

高学歴でもエリートにならなくてもいいんです!!
ヤンキーだって道端の猫を助けていいんです!!

僕はなぜ小屋で暮らすようになったかの感想まとめ


正直なところ、見当はずれな書籍でしたが、学ぶこと・感じること・共感することも多かったです。

著者の高村友也さんは他にも書籍を出されているようなので、また読んでみたいです。

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